スカンジナビア半島の北に位置するフィンランド。2019年からブックスタート試験実施が行われ、3年間で全国の150,000家庭に絵本の入ったパックが手渡されました。その後、活動は国で予算化されて継続しています。
活動の実施場所は全国に点在する「ネウボラ」という子育て支援の拠点。妊娠期から出産/子どもの就学前までの期間、母子とその家族に対し、一か所で切れ目のないサポートを提供することを目的とし、自治体によって運営されています。
「ネウボラ」は、妊娠期から出産/子どもの就学前までの期間、母子とその家族を支援する目的で、地方自治体が運営する子育て支援の拠点。一か所で切れ目のないサポートを提供することで、育児不安や虐待を予防し、適切な支援を早期に提供し、子どもの健やかな成長を促すことを目的としています。
フィンランドにおけるブックスタートの推進団体「フィンランド読書センター (Lukukeskus)」のエミ・ヤッコ(Emmi Jäkkö)さんにお話を伺いました。
※以下ニュースレターNo.67(2020年1月号)より抜粋・再編
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ネウボラとの連携
ネウボラは、フィンランドの子どものいる家庭のほぼ100%が利用する施設です。高い利用率の理由は、有給の産休(産前産後休業)などと同様に、社会福祉サービスを受けることが国民の義務になっているからです。妊娠が分かると、母親は(ときには父親や、赤ちゃんのきょうだいも一緒に)妊娠中に約10回、産後に約15回の定期健診や発達相談を受けるために、ネウボラを訪れることになります。
私たちは、ブックスタートの計画段階から、必ずネウボラと連携しようと思っていました。ブックスタートは、家庭の経済的、社会的背景に関わらず、平等に〝すべての赤ちゃん〟に届くことが最も大切だと考えたからです。ネウボラは全国すべての赤ちゃんとの接点を持つ、唯一の施設ですから。私たちは読書推進団体でありながらも、図書館でブックスタートを行うことは、はじめから検討しませんでした。
フィンランドの子育て支援事業のひとつに、出産予定日の数週間前に届く、有名な「赤ちゃんボックス」のプレゼントがあります。赤ちゃんの毎日の必需品(服、おむつ、爪切り、ヘアブラシ、体温計、おしゃぶりなど)が大きな箱いっぱいに入っています。実は、ブックスタートの絵本を赤ちゃんボックスに入れることを検討したこともありましたが、その案はすぐになくなりました。絵本や情報資料が様々な品物の中に埋もれてしまったら、まったく注意を払われなくなってしまうからです。
半年間で年間出生数を超える注文
こうしてブックスタート・パックは、赤ちゃんが1歳になるまでの間にネウボラで手渡してもらうことになりました。ただ、私たちにはひとつ心配なことがありました。定期健診で何を行うかは、すべて法律で定められているため、保健師はそれをもれなく実施するためにいつもとても忙しくしています。どこにも実施が定められていないブックスタートは、関心を持ってもらえない、または歓迎されない可能性があったのです。
ところが社会保健省の社会サービス及び家庭部局から、すべてのネウボラに、ブックスタートへの参加と協力を呼び掛ける手紙を出し、保健師が読む専門誌に広告も載せて2か月もすると、なんと全国から3万5千パックの注文が入ったのです。そして6か月が経つ頃には、その数は年間出生数の5万人を上回る、6万5千になりました。
保健師の高い関心
私たちは活動の開始前に、保健師を対象に意識調査を行いました。すると驚いたことに、彼らは最初からブックスタートに高い関心を持ってくれていたのです。それには理由がありました。
〔意識調査に寄せられた声〕
●以前と比較して、子どもの言語発達が遅くなっており、子どもにとって「話すこと」「理解すること」が難しくなっていると感じる。
●親が「赤ちゃん言葉」を多く話すために、子どもがきちんとした言葉を学ぶ機会を奪っているのではないか。
●本を読む家庭はたくさん読むが、読まない家庭はまったく読まないという傾向が近年高まっていると感じる。
●一緒に本を読むよりも、タブレットやiPadを使っている時間が多いのではないか。
こうした意識を持っていた保健師たちは、ブックスタートを実施する意義を、次のように考えたようです。
●家庭間の読書量の差が小さくなる。
●家庭で本を楽しむ時間が増える。
●専門家の書いた豊かな言葉を用いた絵本を読むことは、子どもの言語発達にも良い影響がある。
また保健師は、子どもと落ち着いた時間を過ごすことを難しく感じている保護者にとって、絵本の時間は親子の関わりを深め、強めるものになるだろう。そして非常に厳しい家庭状況にある子どもにとっては、読書がその子を支えるものにもなりうるだろうとも考えていました。
いまとこれから
私は先日、年に一度開催される「ネウボラ・フェア」というイベントでブックスタートを紹介しました。そこで出会った保健師たちは、口をそろえて「本を返さなくても良いことを、最初は信じてもらえなかった」「親子が再度ネウボラを訪れる際に、絵本を読んだときの様子を聞かせてくれる」「ブックスタート・パックを受け取った親子が本当にうれしそうだった」と話してくれました。私の耳にはそれが、まるで素晴らしい音楽のように聞こえました。
今後の課題は、赤ちゃんに「パックを贈る」というきっかけを作ったあとに、どのように、子どもの成長に合わせて継続的にメッセージを届けることができるかということです。保育園や幼稚園、他の専門機関との連携が、さらに不可欠になってくることでしょう。
◆フィンランド読書センター (Lukukeskus)のwebサイト
◆“Results of Finland’s first bookgifting programme”, Emmi Jäkkö
(Global Network for Early Years Bookgifting 会議でのプレゼンテーション動画より)