※ニュースレターNo.75(2022年1月号)より抜粋・再編
南アフリカは国内の貧富の差や機会の不均衡が大きな社会問題であり、コロナ禍の影響で失業率は5割に上り、多くの国民が日々の暮らしで精いっぱいの生活を強いられています。国際的な学力調査[※1]によると9歳児の78%は、文章から基本的な情報や意味を読み取ることができず、子どもの本はほとんど出版されていないため、一般的な子どもが学校以外で本を手に取る機会はほぼなかったそうです。
しかし子どもの本をめぐるこうした状況は、大きく変わりつつあります。2014年、「すべての子どもに 5歳になるまでに100冊の本を」いう目標を掲げて、出版関係者の有志が集まり「ブックダッシュ(Book Dash)」という活動を立ち上げました。そして現在までに、国内で200万冊以上の絵本が子どもたちに手渡されたのです。それを可能にしたのは、どのようなアイデアだったのでしょうか。
※1 IEA(International Association for the Evaluation of Educational Achievement : 国際教育到達度評価学会)が行っているPIRLS(Progress in International Reading Literacy Study: 国際学力調査)
絵本づくりのプロが無償で力を結集
ブックダッシュが他の活動と大きく異なるのは、まず子どもたちに手渡す絵本を制作するところから始めなければならない点でした。他国で出版された絵本を翻訳するのではなく、南アフリカの子どもたちの生活が描かれた質の高い絵本を手渡したい。南アフリカの公用語である11言語で出版し、母語で絵本を楽しんで欲しい。こうした願いを叶える絵本を、短時間で、大量に、低コストで出版するというミッションが生まれました。
12時間で10冊の絵本を創り出す
そこでアフリカ大陸各地で活動する絵本制作のプロに無償で協力を求め「12時間で10冊の絵本を創る」というイベント、事業名にもなっている「ブックダッシュ」を発案しました。
朝9時に開始するイベントでは、作家/イラストレーター/デザイナー/編集者/進行役が一人ずつ入るチームを10組つくります[※2]。絵本のストーリーづくりから作画、レイアウトや全体のデザインを夜9時までに終わらせ、1チーム1冊、合計10冊のバラエティ豊かな絵本が1日で出来上がるのです。
イベントに参加したイラストレーターの一人は、こう語っています。
「私の仕事はいつもなら、1日に1ページも仕上がらないことがあります。普段は何か月もかけて1冊の本を創っているのです。でもこの素晴らしい目的のために作られた特別な機会で、とても良いものができました。刺激的で、なによりも楽しい経験をしました」
※2 編集者と進行役は2チームを兼任
「自分の本」を子どもたちの手に
こうして出来上がった絵本は、低コストでの出版と効率的な管理を可能とするために、どのタイトルも同じ判型で大量部数が印刷されます。そして学校、病院、スーパーやレストラン、NPOやNGOなど、子どもと接点をもつ200以上の機関や場の協力を得て、全国の子どもたちに手渡されています。南アフリカでは「自分のもの」を持っている子どもが少ないため、絵本を手にした子どもたちは、初めての「自分の本」をとても喜び、夜は枕の下に置いて寝る子どもが多いそうです。
絵本づくりのイベントは、まさにダッシュするかのような勢いとパワフルさが求められるのでしょう。ブックダッシュはその後も回数を重ね、6年間で166タイトルが、公用語に翻訳されたバージョンも含めると560種類以上の絵本が生み出されています。
事業運営にかかる費用は、財団や企業からの寄付によってまかなわれ、政府や公的資金からの財政支援はありません。厳しい社会状況の中で、民間から生まれたアイデアと支援のもとに展開しているブックダッシュの活動モデルは、同様の社会問題を抱える国や地域から大きな注目を集めています。
◆ブックダッシュ(Book Dash)のwebサイト
◆”Book Dash South Africa – Flooding the country with books”, Julia Norish
(Global Network for Early Years Bookgifting 会議でのプレゼンテーション動画より)