お話をうかがった方:
伊藤明美さん(保育園図書顧問・司書)
プロフィール/千葉県浦安市立中央図書館に33年間司書として勤務。市のブックスタート事業の立ち上げや実施にも携わる。現在は、社会福祉法人芳雄会保育園司書として園児への読みきかせや絵本の選書・展示等を行うほか、大学講師、各種講座講師等としても活躍。2001-2003年度ブックスタート赤ちゃん絵本選考委員。
※本稿はブックスタート・ニュースレター 2021秋号(2021年10月発行)より転載したものです。
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赤ちゃんの健やかな成長において、「絵本」はどのような役割を担っているのでしょうか?
長年にわたり公立図書館で、絵本を通して子どもの育ちを支えてきた司書の伊藤明美さんに、勤務されている保育園での経験も踏まえ、赤ちゃんの成長における絵本の役割、ブックスタートでの読みきかせが保護者にもたらすもの、自治体が予算を確保して各家庭に絵本をプレゼントする意味などについてお話をうかがいました。
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気持ちを受け止め、応える
絵本で「対話」を
保育園で読みきかせをしていると、1・2歳児クラスの子ども達は、前に出てきて絵本をさわろうとしたり、「ネコ、ネコ」と話しかけてきたりします。そんな時、私は「ネコがいるね」などと応えながら読んでいます。
もちろん、まだ言葉を話せない子もいますし、何も言わない子もいます。でも、何も言わないから聞いていないという訳ではありません。「うんうん」とうなずいていたり、エッという顔をしたり。子どもの息遣い、視線、姿勢、動きなど、ちょっとした反応を大人が感じようとすることが大切です。
気持ちをしっかり受け止めてあげると、子どもたちは自分を見てくれていることを感じ、さらに反応を返してくれます。そこにコミュニケーションが生まれ、人との信頼関係が育まれていきます。小さな子どもたちと絵本を読むときは、この「対話」がとても大切なのです。
1歳児クラスでの読みきかせ
「声」で抱っこする
長年ストーリーテリング(*1)も行っているのですが、語り終えると、子ども達はとても親しげに私に近づいてきます。その様子に、なぜ語る前後で子どもとの距離が違ってくるのだろうと不思議に思っていたのですが、臨床心理学者 小川捷之さんの講演録に、その答えがありました。小川さんは、子どもの基本的な信頼感・安定感は、ふれる、抱く、さするといった身体感覚を通して得られものであると説明した上で次のように言います。
「人の声を聞くというのも、基本的には身体感覚なんだってことです。子どもは、お母さんの声を聞くと、お母さんにさわられている感じがするんです。声というのは、鼓膜を動かすわけでしょう。だから、一種の身体感覚なんです」(「人格形成における空想の意味」*2)
声で抱っこする感覚とも言えるでしょう。絵本も生の声で読むことで、小さな子どもは読んでくれる人に信頼感を持つのですね。
*1 語り手が昔話などの物語を覚え,本を見ないで聞き手に語ること
*2 『昔話と子どもの空想』(東京子ども図書館)
子どもは大好きな人と「楽しさを共有」したい
ただ、私が子どもに絵本を読んであげて欲しいと思うのは、何よりも子ども自身がそれを楽しいと感じ、その楽しさを大好きな人と共有したいと願っているからです。園で読みきかせをすると、子ども達は「面白いでしょ」といった表情で、そばにいる保育士さんを見たりします。そして、必ずと言ってよいほど、お迎えにきたお母さんにその絵本を読んでもらいたがります。大好きなお母さんにも「ねっ、楽しいでしょ」と伝えたいのでしょうね。
「楽しさを共有することが、子どもの読書なのだ」ということを、私は子どもたちから教わりました。
「実感」が保護者を変える
園では、家庭でも絵本を楽しんで欲しいと考え、読みきかせた絵本を保護者に紹介する展示をしたり、コロナ禍前は親子で読めるコーナーも作っていました。絵本に関心を持ってくれる保護者も多く、今年2月には父母会主催で絵本講演会が開催されました。でも、参加者の中に、「一度も子どもに絵本を読んでやったことがない」というお母さんもいらしたんです。
そのお母さんが講演会をきっかけにご家庭で絵本を読んでみたところ、お子さんがとても喜んだそうです。その様子に「こんなことで嬉しく思うんだ!絵本って面白い」と感じ、今では毎晩お子さんと絵本を楽しんでいるといいます。
それまでも、絵本は子育てに役立つと聞いてはいたけれど、実際にはどういうものかをご存じではなかったのでしょうね。「絵本は楽しい」と実感したことが、お母さんが変わった一番の理由だと思います。
ブックスタートでの読みきかせが保護者にもたらすもの
ブックスタートでは、ただ絵本を渡すだけではなく読みきかせをしますよね。それがすごく大事なのです。読んであげると赤ちゃんが絵本を見たり笑ったりする。その様子を見て、保護者も我が子に読んであげようと思うのです。
また、我が子が地域の人に優しく語りかけられる様子に、保護者は「この子はみんなに愛されて育つんだ」と気づくのではないでしょうか。すごく安心すると同時に、社会に対する見方も少し違ってくる。そして、もっともっと子どもが愛おしくなる。ここにブックスタートの意味があるように思います。
コロナ禍の今、親子の愛着形成だけでなく、社会全体でこの子を育てるというメッセージは、孤立しがちで不安な毎日を過ごしている保護者に、より響くものがあるのではないでしょうか。
すべての家庭に絵本が届く意味
今、絵本が好きな人は多いですが、絵本にあまり関心がない、家に一冊も絵本がないというご家庭もあります。それでは子どもが絵本に出合えません。ですから、ブックスタートで赤ちゃんがいるすべての家庭に絵本が届くというのは、革命に近いような気がしています。
絵本をもらうことで「じゃあ、読んでみるか」と思い、「赤ちゃんも読んでやると聞くんだ」と気づく。こんなところから、家庭での絵本の時間は始まっていくのです。一冊の絵本を読む時間は2~3分ですが、大好きなお父さん、お母さんの声で読んでもらうことで子どもの内面が育つ、意味の深い貴重な時間です。そうした時間が家庭で持たれることを願っています。