前回の連載では、「やさしい日本語」を意識して「多言語対応 絵本紹介シート」に記載する日本語の説明文を考えたことや、2018年作成の説明文と今回のものとの違いなどをお伝えしました。
今年作成したシートには、新たな絵本も加わりました。その一つ、『かん かん かん』の日本語の説明文がこちらです。
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◇『かん かん かん』(文/のむらさやか 制作/川本幸 写真/塩田正幸 福音館書店)
「かん かん かん」は、踏切の 警報機の 音です。電車が 通るときの 音は、赤ちゃん言葉です。「んまん」「ままん」は 食べ物、「ぶぶう」は 車、「にゃにゃん」は、ねこを 表しています。手袋や 鉛筆など、色々なもので 作られた 電車が、線路を 走ってきます。それらを 撮影した 写真の 絵本です。
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説明文には、「電車が通るときの音は、赤ちゃん言葉です」とあります。実はこの一文は、英訳者のリン・リッグスさんからのアドバイスによって追加したものです。
日本語がわからない保護者に、どんな情報を知らせるか?
絵本紹介シートの作成に際し、英語の翻訳は、人文社会科学翻訳センターのリン・リッグスさんに、英語以外の言語(中国語・韓国語・ポルトガル語・スペイン語・タガログ語・タイ語・ベトナム語・ネパール語)は、東京外国語大学の言語文化サポーター※や、大学関係者の皆さんにご協力いただきました。
※一定の言語能力がある卒業生などが登録。社会貢献の一環として、多文化共生に寄与する活動を行っている。
リッグスさんは、JBBY(日本国際児童図書評議会)からご紹介いただいた翻訳者で、長年、日本語の書籍や研究論文、雑誌などの英訳に携わってきた方です。リッグスさんに、私たちが作成した日本語の説明文をお渡しすると、こんな感想が返ってきました。
「“んまん”“ぶぶう”などの言葉が赤ちゃん言葉であることも紹介した方が、日本語がわからない保護者も楽しいのでは?」
以前、外国語にも赤ちゃん言葉があると聞いたことがあります。例えば英語には、「wawa」という「water(水)」の赤ちゃん言葉があるそうです。日本語にも赤ちゃん言葉があることや、その赤ちゃん言葉が何を指すのかを知ると、外国人保護者もそれらの言葉に親近感をおぼえるかもしれません。そうした、外国人保護者に寄り添う視点を、リッグスさんが教えてくださったのでした。
また、リッグスさんは、『いろいろ ばあ』(作/新井洋行 えほんの杜)について、絵を確認した上で、説明文の英訳に4箇所の補足を加えました。※()の部分
ばあ!:Bā! (boo!)
ぽっ:Po! (popping)
ぶにゅ!:Bu’nyu! (oozing)
ぷくーっ:Pukkū! (pooling together)
「私は翻訳の際、読み手にどんな情報を知らせるかということも大事にしています。ここでは、“ぽっ”“ぶにゅ!” など、擬音語・擬態語で表現された絵が何を意味するのかを、できるだけ明快に伝えたいと思いました」
リッグスさんの言葉を聞き、日本語に不慣れな保護者の立場になって、どのような情報があれば理解しやすいかを考えることが大切なのだと改めて感じました。
▼『いろいろ ばあ』の絵本と紹介シート
各言語の特性と翻訳との関わり
東京外国語大学でご協力いただいた皆さんからは、各言語の特性や、それらが翻訳にどう関わるのかを学びました。例えばスペイン語では、登場人物が男性か女性か、単数か複数かによって、使用する語の形が異なります。そのためご担当の方は、日本語のテキストだけでなく、実際に絵本の挿絵を見ながら単語を選び、翻訳を完成させたということでした。
なんで国によって言葉が違うの?
ちょうどその頃、NHKテレビ『チコちゃんに叱られる!』で、東京外国語大学副学長の中山俊秀先生がお話しされているのを目にしました。
チコちゃんからのクイズのお題は、「なんで国によって言葉が違うの?」
答えは、「大事なものがバラバラだったから」
中山先生によると、例えば、「米」は英語では「rice」ですが、日本人にとって米はとても大事なので、「米」以外にも、「稲」「ご飯」「めし」「シャリ」など様々な日本語があり、それらがシーンによって使い分けられている。同様に、雪がとても大事なフィンランドでは、「雪」にまつわる言葉として、「積もった雪」「湿った雪」「粉雪」「みぞれ」「樹氷」など、実に10数種類もの単語が存在するそうです。
国によって言葉が違うのは、人類が地球上の様々な環境で生き延びてきた長い歴史の中で、それぞれの集団がそれぞれ異なる環境に適応するための「仲間に伝える大事な事」が自然とバラバラになった結果、バラバラの言語が誕生したから。つまり、「言語の違いは文化の違い」ということでした。
中山先生のお話を聞いて、9言語に翻訳された絵本紹介シートからも、そうした文化の違いが垣間見えるのではないかと思いました。
日本の文化や暮らしを知るきっかけに
同大学の多言語多文化共生センター長の小島祥美准教授は、完成した絵本紹介シートについて次のように話されました。
「絵本はその国の文化や歴史、価値観が凝縮されたものですので、外国人保護者には、絵本を通して初めて知る日本のことがあるかもしれません。今回、翻訳者は、説明文の“音”に一番苦労したように思います。でもその分、跳ぶ様子を日本語では“ぴょーん”と表現することを、外国人保護者が知ることができます。知らなかった保護者にとっては、新たな発見となるでしょう」
翻訳者の皆さんの知識や経験が詰まった絵本紹介シートが絵本と共に手渡されることは、外国人が日本の文化や暮らしを知るきっかけになり得ると感じています。
これからも、自治体とともに、この資料をより良い形で活用し、日本語以外を母語とする方へのサポートを充実させたいと思います。
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連載「赤ちゃん絵本を9言語で紹介」。
次回は、「多言語対応 絵本紹介シート」のアルファベット表記についてご紹介します。
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▼連載「赤ちゃん絵本を9言語で紹介」その他の回を読む
1. 外国人親子に、絵本を楽しんでもらうために
2. 「やさしい日本語」のこと
3.紹介シートの翻訳を依頼する中で学んだこと※本稿
4. 日本語の読みを言語ごとに記載
5. 「ジモト」で育つ子どもたちに思いを寄せて