今春改訂した「多言語対応 絵本紹介シート」。シートでは、あらすじや、絵本に出てくる擬音語・擬態語などを、「やさしい日本語」を意識した文章で説明しています。「やさしい日本語」とは、難しい言葉を言い換えるなど、日本語に不慣れな外国人に配慮したわかりやすい日本語のことです。
私たちが、「やさしい日本語」を意識して文章を作成することを決めたのは、東京外国語大学の先生方から、その必要性を教えていただいたからでした。
「やさしい日本語」はなぜ必要?
今春からの「ブックスタート赤ちゃん絵本※」提供タイトル変更に伴い、「多言語対応 絵本紹介シート」も全面的な改訂が必要となりました。そこで2020年9月、私たちは同大学を訪問し、多言語多文化共生センター長の小島祥美准教授をはじめとした関係各課の皆さんにお話をうかがいました。
※自治体のブックスタート事業で手渡される絵本の候補として、3年ごとに開催される「絵本選考会議」で選ばれた30タイトルの絵本。
▼東京外国語大学入口のモニュメント(東京都府中市 2020年9月撮影)
小島先生は、なぜ日本語の文章が「やさしい日本語」である方がよいのか、読み手と翻訳者両方の観点から教えてくださいました。
「翻訳者にとって、具体的な言葉で表現された短文のほうが、翻訳しやすいです。また、日本に暮らす外国人はすべて日本語がわからない、という人たちではありませんので、やさしい日本語であれば、十分理解できる方も多数いらっしゃいます。やさしい日本語であれば、今回翻訳された9言語以外を母語とする人たちにも、伝えることができます」
先生のお話を聞いて決めたこと
絵本紹介シートの提供は、3年前の2018年春から始まりました。しかし、翻訳文の原文を「やさしい日本語」にすることの意義を深く理解できておらず、その時は取り入れませんでした。実は私たちは、大学を訪問する前までに、翻訳文の原文をある程度作成し終えていたのですが、大学からの帰り道、「やさしい日本語の視点を入れて、原文をイチから見直そう!」と話し合いました。
「やさしい日本語」を意識した原文づくり
改めてイチから見直して作成した原文を紹介します。前回のシートにもあった同じタイトルの原文と比べると、その違いがわかります。a)が3年前、b)が今回作成したものです。
……
◇『あっ!』(文/中川ひろたか 絵/柳原良平 金の星社)
a)乗り物が次々にでてくる絵本です。車や電車を見つけた男の子が、「あっ!」と言いながら指さしをします。そして、乗り物の運転手になって、出発します。
b)「あっ!」は、何かを 見つけたときに 言う 言葉 です。男の子が 車を 見つけて、「あっ!」と 言います。すると、運転手が、「ぶっぶー!」と車の音を 出しながら 走っていきます。今度は その 運転手が、電車を 見つけて、「あっ!」と 言います。このように、車、電車、船、飛行機が 出てきます。
……
◇『いない いない ばあ』(文/松谷みよ子 絵/瀬川康男 童心社)
a)さまざまな動物たちが、ページをめくるたびに「いないないばあ」をします。
b)「いない いない ばあ」は、ふたりで 向かい合って、顔を かくしたり、出したりする 遊びです。ねこや くまが、「いない いない」と 言いながら、顔を かくします。次の ページで、「ばあ」と 顔 を 出します。
……
◇『ととけっこう よがあけた』(案/こばやしえみこ 絵/ましませつこ こぐま社)
a)日本のわらべうたをもとに作られた絵本。朝、ニワトリが歌いながら、動物の子どもたちを次々と起こしていきます。
b)「ととけっこう」は、にわとりの 鳴き声を 表しています。朝、にわとりが、歌いながら、動物の 子どもたちを 起こします。「ぴよ」「にゃーん」は、動物の 声です。最後は、みんなで、おひさまに、「おはよう」と 言います。この 絵本は、日本の わらべうたを もとに 作られました。
……
改めて見返すと、a)は、絵本の内容説明にはなっていても、日本語がわからない人にとっては情報が不足していると感じます。
説明文を作成するにあたっては、外国人にとってわかりにくいと思われる擬音語・擬態語や日本の文化を、できるだけ補足するようにしました。また、「やさしい日本語」を意識して、一文を短くする、簡単な語彙を使う、漢字にルビを振る、分かち書きを行うといった工夫もしました。
「やさしい日本語」について詳しく学ぶ際は、『生活情報誌作成のための「やさしい日本語」ガイドライン』(発行:弘前大学人文社会科学部社会言語学研究室/2017年3月※現在は非公開)や、『「やさしい日本語」を使ってみよう!』(発行:豊橋市文化市民部多文化共生・国際課/2015年8月)が参考になりました。語彙のレベルを調べる時には、日本語読解学習支援システム「リーディング チュウ太」や、「やさしい日本語」科研の「やさにちチェッカー」が役に立ちました。
それでも、文字数が限られた中で、「あっ!」という言葉は、どう説明したらわかりやすいのだろう? 「いないいないばあ遊び」をわかりやすく言うと? 「ととけっこう」はにわとりの鳴き声? など、絵本の絵と文章を読み込み、意見を出し合い、悩みながらの作業となりました。それは同時に、私たちにとって、「日本語」と「やさしい日本語」の、難しさも面白さも感じる学びの多い時間でもありました。
小島先生は、「やさしい日本語」について次のように話されました。
「私は阪神淡路大震災後の神戸で、外国人住民に多言語で情報を提供する活動を担当していたことがあります。すでに神戸での活動では、「やさしい日本語」という考え方は定着していました。やさしい日本語での原稿づくりでは、実際に外国人住民たちと議論しながら取り組んでいましたが、どのようにしたら、趣旨や内容を変えずに表現をやさしくできるか。当時の活動から私は、情報を受け取る人を想像しながら、言葉選びを考えることが最も大切であることを学びました」
こうして私たちが作成した説明文が、「やさしい日本語」の観点や、情報を受け取る人の立場から見てベストなものであったのか。時間が経って改めて見た時に、不充分な点に気づくこともあるかもしれません。今後、「やさしい日本語」についても学びを深め、より良い資料づくりを目指していきたいと思います。
******
連載「赤ちゃん絵本を9言語で紹介」。
次回も「多言語対応 絵本紹介シート」のポイントや、製作エピソードをご紹介します。
******
▼連載「赤ちゃん絵本を9言語で紹介」その他の回を読む
1. 外国人親子に、絵本を楽しんでもらうために
2. 「やさしい日本語」のこと※本稿
3.紹介シートの翻訳を依頼する中で学んだこと
4. 日本語の読みを言語ごとに記載
5. 「ジモト」で育つ子どもたちに思いを寄せて※本稿